紫堂恭子の作品、全8巻。
自分で食事を作るたびに
(原材料混ぜ合わせるだけの粗食中心)
セレスの野戦食みてえ、となるのは
この作品の影響です(爆)
電子版で、最終回後のエピソードが
途中に挟まってたのは不思議でした。
単行本もそうだったっけ???
以下、感想です。
自らの中に眠っている「癒しの葉」と
傷ついた自分自身でもある「影の民」をめぐる
本格ファンタジー。夢がモチーフなのは納得です。
終盤の怨念が苦手すぎて、昔購入できなかったから
二十年ぶりくらいに読み返したのですが
(絵は!大変すばらしかったのだよ!!)
記憶のかたよりがすごかったのでびっくりしました。
セレスとフィニが最推しカプで
アジンが好きキャラだったな~。
(「あなたとは食生活が合わないの」は至言!)
このあたりの皆さんがいるパートは
ネームからちゃんと覚えていたのです。
そういえば主人公の天然たらしっぷりが
紫堂作品でも最強レベルであった……
ユーリグとクレアのいちゃいちゃ全部忘れてました←
というのもクレアは最後に触れます
弱者支援事業の中心人物となる「器」を備えた
支配層の女性となるので、主人公とそのまま
くっつくのはちょっともったいないなあ、という
印象が大きかったとも言えるのかもしれません。
愛情って基本的には与えないと満たされないのですけれど
もらったことがない(or 気づいてない)なら与え方なんかわからない、
何度も与えることで上達していく技術である、といったことは
大人になってもわからないものだったりしますね。
細部を忘れていても、要のメッセージが
根付いている物語はちゃんとあるのですね。
☆☆☆
この作品に登場する「ゲイ」の皆さんは
ある意味オールドタイプの「おかま」でありまして
貧困を起点とし、商売、異性装、トランスジェンダーあたりを
網羅していることになりますかね。今見ると、逆に新鮮です。
エバンジェリンが現代の「ゲイ」ではないため
本丸は欠けている状態ではあるのですが
「オリジナルファンタジー」というある種の時代物ですし
個人を個人として扱う点では誠実だったと思います。
(あくまでも他属性の意見)
そして、貧民街に対する権力者の視点と
そこに生きている人々との視点の違いの
すり合わせから始まる、復興支援のお話については
発表当時よりも、現代のほうが刺さるのかもしれません。
昔のほうが、私たちはちゃんと「わかって」いたのでは?
という点を含めて、引用で終わりといたします。
「…副総督 グレンっていったかしら」
「あなた カン違いしてるんじゃなくて?」
「収容施設だ 配給だというけれど
もしあなたが没落して そういうものの
世話になったらどう感じる?」
「毎日 わずかな食事のために列をつくり」
「3段重ねのベッドで 荷物と一緒に眠るとしたら?」
「きっとお高いプライドは ずたずたになるでしょうね」
「でもあなただけじゃない 私たちだって同じよ」
「…施療院で たくさんの人に拍手をもらって」
「その時 はっきりわかったの」
「私たちにだって プライドは必要なのよ」
「人から認められ 必要とされ」
「頑張って生きれば 自分にも
何かできるんだって 誇りが――」