デルス・ウザラ―関連作品

 

黒澤明『デルス・ウザーラ』の画面には

先住民に対する敬意があったよなあ……と

関連書物を読み進めることにしました。

 

原作が一番パワフルなので

読み進めるの大変です!

 

以下、感想です。

 

 

 

★『森の人 デルス・ウザラ―』

原作のダイジェスト版。

お話はすっ飛ばされるので

どちらかというと絵を眺めるための本。

 

大判で見られる森の生き物たちが

なんと美しいことよ!!

樺太あたりと生態系が一緒なんですよね。

 

わりとタフな生き物ぞろいなので

かわいい=強い=正義、という

感想にならざるを得ない。

 

 

★『おれ にんげんたち ―デルス―・ウザラ―はどこに』

ロシアに残された資料も踏まえ

デルスーの物語と史実の違い、

その後のロシアの歴史を丁寧にまとめ上げた作品。

 

作者の死により、未完の著作とのことなので

もっと他に織り込む部分もあったのだろうか?

という謎は別の本で明かされます。

 

人類学・民俗学を学ぶ人間が

「歴史」として必ず知らなければならない

《先住民を同じ「人間」として扱わなかった過ち》があるのですが。

 

この時代のアルセーニエフは、デルスーはやはり特別とはいえ

先住民・異人「だから」という理由では

軽蔑したりはしなかった、というのは新鮮な驚き。

 

革命後のお話はとてもしんどいので

あの世に救いを求めてしまうのはもう仕方ないかもしれない。

息子さんの記録は、さわやかな風が吹き抜けていきます。

 

キプリングやシートンともお話が合いそうなので

(実際キプリングの作品がお好きなようだ)

あの世で仲良くしていたらというのは

現世の勝手な妄想になってしまうのだ。

 

本が出版された時点(約20年前)にロシア・プーチン批判の

視点があることに対しては、昔の朝日新聞社の記者さんは

ちゃんとしてたのになあ……ともなりますが。

 

その土地に根ざしていた民族や動物に対する「敬意」は

時代がこちら側に近づけば自然と発生、

もしくは適切に教育される感覚では全くないのですよね。

 

古代からそうとはいえ、少なくとも現代人は

先人の過ちを知る点で恵まれているので

無知は甘えと判断されるのです。

 

しかし己の悔恨が原動力となり、物語を「創作」してでも

これまで生きてきた自分が受け取った

相手の魅力を伝えたいのだ、という欲求は

どこかで見たのであるが、シートンの狼王ロボだな……

 

 

★『渡りの足痕』

梨木香歩による紀行集。

ほぼ同じ風土地域を巡っているのと

上の本の追加内容がありましたので

こちらの記事扱い。

 

良い意味でぼんやりと生きていけるのは

本人の才覚によるものではなく

選択することのできない「生まれ」によるんだよなあ……